建礼門院(平徳子)は平清盛の娘であり、高倉天皇の后として安徳天皇を産んだ平安時代末期の女性である。安産や皇子誕生に関わった逸話から、後世には安産・子育てに縁のある存在として語られることがあるが、これは伝承に基づくものであり、確立された信仰対象としての性格は限定的である。壇之浦の戦いの後は出家して大原寂光院に隠棲し、平家一門の菩提を弔ったことで知られている。
水天宮